東北卒業旅行 一日目(3/26)
2011年3月11日。東北で起きた大震災。
当時小学生だった僕は、正直そんな大変なことが日本で起きたことを受け入れられませんでした。
何となく、日本にあるはずだけど遠く離れたイメージがあった東北地方に、受験が終了した春休みに、ようやく行くことができました。
(結論から言っておくと一部の場所は自分が想像していた以上に震災の爪痕が残っていて言葉を失っていました)
2泊3日の青春18きっぷの一人旅。
といっても初日はひたすら移動していたので観光はできず。
途中福島と仙台で休憩。
当たり前ですが町はすっかり復興して駅周辺だけ見ると震災の爪痕など全くありませんでした。(多分)
仙台市営地下鉄東西線。
地図を見て少々驚きましたが、意外と広い仙台市。そんな仙台市が待望していたからか、ラッシュ前の時間でも割と混雑していました。
次回は青葉城にも行ってみたいところ。
仙台に並ぶステンレス車。
なんとなく719系が走っているイメージですが、比較的新しいE721系や大都市ならではのロングシートの701系が大活躍していました。
仙台駅、ラッシュ時はかなり乗客がいました。新聞を読めるくらいの空間はあるとはいえロングシート6両ながらなかなかの混雑。
とはいえ、岩切までで多くの人が下りて、鹿島台から終点の一ノ関ではガラガラ状態。
やはり東京ほど町のニュータウン化はしていないようです。
もっとも宮城と岩手の県境の駅を見れば納得できますが…
休憩があるとはいえ運動不足なうえ、久しぶりに10時間くらい電車に乗っていたので疲れてしまい適当な写真ばかりを量産してしまいました…
そんなこんなで寝てたら19:22、一ノ関に到着。
疲れより、ようやくここに来れたという興奮でいっぱいでした。
観光の写真はまた次に続きます。
次回は東日本大震災の遺構も投稿予定なので苦手な方はご注意ください。
長野電鉄屋代線の写真を発掘
部屋の整理をしていたら、廃止された鉄道の写真が出てきました。
父が昔松代に住んでいたので小学生の頃たまに乗った記憶があります。
鉄道は昔から好きでしたが、もう遠い記憶になってしまった6年前の思い出。
(画像はWikipediaより)
かつては千曲川の東を走る河東線として屋代〜須坂〜木島までの区間を走っていました(他にも長野〜須坂、信州中野〜湯田中間も出来たので私鉄のローカル線にしては規模がかなり大きかった)が、過疎化による利用客減少で2002年3月31日に信州中野〜木島間が廃止、残った屋代線も残念ながら2012年3月31日に廃止されました。
現在長野電鉄で残るのは本線の長野〜湯田中までのみとなりました。
小学生の僕にとって、宝物だった硬券切符。本当に買っておいて良かったです。
当時のカメラは何かの景品でもらった使い捨てモノだったのでわずかなひどい写真しかありませんが、本当に撮っておいて良かったです。
当時は面白半分で撮っていたのかもしれませんが、時を超えて思い出が残るというのは写真の魅力。
撮影ができる喜びを改めて実感した1日でした。
また久々に行ってみたいです。
はじめました
新ブログを開設しました。
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