旅先の思い出のーとぶっく

鉄道、途中下車の旅、城跡めぐり、まち歩き、写真が大好きです。

【自分探し?】旅に出ると旅をしている意味を考えてしまう

変わったね。成長したね。と言われる時はいつも旅をした時でした。ナルシストっぽいですが、事実、自分自身変わったなって思う時もあります。

 


高校卒業後初めての一人旅で衝撃を受けた陸前高田、ボランティアで何かを得たいと思いつつ何もできず歯がゆかった熊本、心から鉄路の復活を喜んでいた三陸鉄道の地元の方々との出会い。

一方で大阪でチンピラに絡まれた朝の道頓堀、台風のせいで涙のキャンセルをした幻の山陰旅、ホテルが予約されていなかった越後湯沢、中国語の検定や大学のゼミや勉強で旅に出られず悶々とした日々。

 


旅は必ずしも全ていい思い出であるとは言えないかもしれませんが、

私の中では全てが大切な思い出になっています。

 


疲れた、寂しい、怒り苛立ちなどの感情もあったはずなのに、

面倒くさがりで飽き性なはずなのに、

写真で見ればすむはずなのに、

友達を怒らせたり困らせたりしたはずなのに、

 


それでもなぜか僕は旅をしています。

 


東京では会えないであろう地元の方と会ったり、その土地でしか食べられない食事とか、観光地になっていない美しい景色を見たり、同行した人と話したり喧嘩したり…

旅自体が普段できない経験ができるだとか単純に楽しいというのももちろんありますが、

人を変える魔力を持つ"旅"に畏敬の念を抱いているからでしょうか。

 


趣味的要素でも旅が大きなウェイトを占めていますが、そうなったのも最近。

昔大好きだった鉄道は見てるだけで幸せだったのに気づけば鉄道撮影をするように変わり、それもいつしか鉄道旅、乗り物旅に。変わって鉄道に飽きて観光地巡り、まち歩き、城巡り…

自分が好きだった趣味はこのような変遷を遂げたのだから、もしかしたら旅というジャンルは大学のみの付き合いかもしれません。

 


それでも構わない。

旅の道中で自分自身を見つめ直し、また旅に出ようと決めたり、旅をやめると決めたのは自分。

計画と変わった時どうするか考えたりする時間は確かに苦痛だけど、

誰に何と言われようと旅が大好きなんだから。

 


一体いつからどうしてこんなことを考えるようになったんだろう。

私ももうすぐ20歳になりますが、一体どんな人間になっていくのでしょうか。そんなことばかり考えてしまいます。

家にいてボケっとしていたって何も考えないのに、見知らぬ土地にいると自分のことを考え出すなんて。

旅って不思議ですね。これこそ旅の醍醐味だと思いますが。

 

 

 

最後に、私が大好きなミスチルの有名曲から大好きなフレーズを。悩みとしては人間関係のそれではないですが、聞いた時これだ!!って思いになりました。

 


優しさだけじゃ生きられない  別れを選んだ人もいる

再び僕らは出会うだろう  この長い旅路のどこかで

Mr.Children Tomorrow Never Knows

 

 


たとえ別れた(ここでは趣味を止めることでしょう)としても人生という長い旅路の途中でまたいつか出会うだろうという歌詞。

まさにピッタリじゃありませんか。

旅路の中でたまたま聞いてミスチルが好きになったきっかけ。

大切なものと別れても、きっとそれは成長といえるのではないでしょうか。

 


旅行は行けるならたくさん行きたい、ボランティア活動もしたい、恋愛も本気でしてみたいし、読書の世界にものめり込みたい。最近ハマっている中国語の勉強もしてHSK4級とって中国台湾にも行きたいし、ブログも書いて自分の意見を書き連ねてたい。面倒だけどバイトをして(最近辞めてしまいました)中々出来ない職種の仕事もしたいし、大学生だし少しは親孝行を始めたい。

 


やりたいことが多すぎます。なるほど、悩んでいる暇などありませんね。今を本気で生きるだけですね。

 


結論無くてつまらないなあと思われてしまったかもしれませんが、自分の本心を吐露する機会も少ないのでここで書いてみます。自分の考えを客観的に見ることもできますし。

今後は旅行記以外でもブログをもっと活用していきたいですね。

 

↓私にとって、特に思い入れが深い旅の記録です。よろしければご覧ください。

ikeeki.hatenablog.com

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閲覧ありがとうございました。