旅先の思い出のーとぶっく

鉄道、途中下車の旅、城跡めぐり、まち歩き、写真が大好きです。

【冬の五能線】リゾートしらかみ2号乗車記 弘前→秋田

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  2月の3連休、リゾートしらかみ2号に乗車してきました。

 リゾートしらかみは1997年に運行を開始したリゾート列車で、青森(または弘前)と秋田間を五能線を経由して走破する列車。

 五能線は青森・秋田県日本海沿岸部を通り、風光明媚なローカル線として非常に有名な路線です。

  そんな美しい車窓を楽しんでもらうために運転をはじめた、”乗ることを目的とした列車”。

 そんなJRの狙いは大成功。

 近年のローカル線ブームも後押しするかのように、今や鉄道ファンのみならず一般の方にも人気の、非常に有名な列車となりました。 

 一度乗ってみたかった列車に乗る機会ができたので

 2月の3連休に乗車してみました。

 

 2019/2/10 弘前848→川部855-902→千畳敷1016-31→深浦1055-1102→東能代1221-29→秋田1327

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 弘前駅から乗車。
 3連休中日ということで満席でしたが、直前になって奇跡的に席が取れました。
 来たのは青池編成でした。

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 弘前を出てからは次の川部まで進行方向が変わります。

 実はこの列車は青森~秋田間で弘前、川部、東能代と3回も方向転換を行います。

 これは川部の少し先にある大きな街の弘前駅を経由するためで、

 なかなかサービスがいいですね。

 

 こうして川部を定刻で出発。

 川部駅から東能代駅へ、いよいよ五能線の旅が始まります。

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 ここは板柳だったか…
 川部より北は吹雪で、相当雪が積もっていました。

20190227203019 2号では、川部から陸奥鶴田の間で津軽弁の語りべの方が昔話をしてくれます。

  車内のモニターやスピーカーで流れているため、生で聞きたいというわけでなければ、わざわざ車内を移動する必要もないのはうれしいですね。

 まもなく○○です。という車掌のアナウンスの時は話し途切れるけど(

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 ここは五所川原鰺ヶ沢

 1・2・3号では津軽三味線の演奏と民謡を唄います。

 三味線の早いバチさばきには驚きました。

 

 それにしても、五所川原付近は猛吹雪で車窓がとんでもないことになっています。

 このように日本海側の天気は変わりやすく、大雪に加え強風もよく吹くので

 冬の五能線は遅延、運休が多いのです。

 今回の旅も大幅遅延を覚悟しましたが…

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 鯵ヶ沢に近づくにつれて若干天候が回復したようです。

 心なしか今までより雪が少ないような気も。

 ほぼ定刻で鰺ヶ沢を発車しました。

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 途中駅で普通列車と交換。

 雪の中を走るキハ40・48は最高。

 鉄オタ的にはキハ40のほうが乗りたいですね()

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 鯵ヶ沢からはずっと海沿いを走ってきていましたが、

 千畳敷付近で相当海に近づきます。

 この辺りは津軽国定公園に認定されている、美しい景勝地です。

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 千畳敷駅に到着。この駅からすぐのところに千畳敷海岸があります。

 リゾートしらかみは(1・6号を除き)ここで15分間停車するので、散策することができます。

 駅から岩も見えるし、横断歩道を通ったらすぐ海岸。駅のすぐそばに海岸があるというのもいいものです。

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 千畳敷は1792年の地震で、岩が海岸に隆起したことでできたといわれています。

 これを珍しがった津軽藩の殿様が、千畳の敷を敷かせて大宴会をしたことが名前の由来だとか。

 このあたりは地殻変動が激しく、幾度となく隆起を繰り返しているため、

 海岸段丘は階段状になっています。

 長い歴史で作られた、信じられないような美しい光景。

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 駅に戻ってきました。

 発車5分前になるとしらかみが汽笛を鳴らして合図を出してくれるので、乗り遅れる心配はないでしょう。自動車が止まってくれるか次第?

 駅には見事な氷の滝が。

 どうやらこのあたりから染み出た地下水が冷えて凍ったらしいです。

 

 (公式サイトがなかったので、wikipediaで失礼します)

ja.wikipedia.org

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 千畳敷と深浦の間は本当に海のすぐそばを走ります。

 そして、深浦の1つ手前の広戸を通過すると…

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 素晴らしい絶景が広がっていました。ちなみにこの区間は速度を落として低速通過します。 

 海の浸食で削られたのか、点々と散らばったものすごい形の岩が…

 日本海の波を見ればこうなるのも納得です。

 それにしてもよくこんなところに鉄道を作ったなあ。

 深浦は夕日が美しいとのことで、この辺りで夕陽を見たらきれいなんだろうなあと思ったり。

 やっぱりまた行きたいですね。

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 深浦で乗務員交代と、リゾートしらかみ1号のすれ違いで停車。

 リゾートしらかみ、実は全部で3編成ありまして、私が乗っていたのは青池編成。

 それと緑色の橅編成、黄色っぽいくまげら編成。

 乗り得列車が人里少ないローカル線で3編成も運行するというのはなかなか驚きですが、

 それだけリゾートしらかみが有名だということの裏返しだと思います。

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 雪が積もった木材。

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 秋田との県境付近で日本海とはお別れ。ここでも減速します。

 いつも穏やかな太平洋側ばかり見ていたので本当に楽しかったです。

 本当に、遅延しなくてよかった…

 

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 秋田県に入ると海はあまり見えなくなり、代わりに開けた場所が目立つようになります。 

 とはいえ風は強いようで、風車が各所にありました。

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 東能代に到着。

 ここで3度目の方向転換をし、いよいよ秋田へ。

 ここで秋田らしく、なまはげが乗車してきて、指定席券の確認と共に乗車記念のハンコを押していました。

 「泣ぐ子はいねがあ~」というようなことは一切言わず、

 「長旅お疲れさまです。弘前雪めっちゃ積もってたでしょ?また乗りに来てくださいね」と優しい言葉でお気遣いをしていただきました。

 冬のごほうびと書かれた使い捨てカイロも1つ頂き。ありがとうございます。

 沼に勧誘しおって(歓喜)、なまはげとJRの社員さん許さん

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 雪は積もっていましたが、弘前五所川原付近に比べたらそこまで目立つ吹雪ではありませんでした。

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 こうして秋田に定刻で到着。

 ホームではさっきのなまはげと写真撮影ができるようです。

 およそ4時間半にも及ぶとても長い旅でしたが、特に五能線内の車窓が変化に富んでいて飽きることなくとても楽しい旅でした。

***

 猛吹雪の中をゆっくりなダイヤとはいえ定刻通り走る列車。やっぱりすごいものです。

 そしてこんなローカル線をリゾート列車が毎日2~3往復しているというのは驚きですが、それだけ五能線が注目を浴びているということでしょう。

 冬の日本海は奇岩や海岸と荒波が非常によく映えもう最高。

 ただ、岩木山は雪で全く見えなかったので、

 また季節問わずに行ってみたいです。

 

 最後に、JR東日本秋田支社の公式ホームページの紹介です↓

www.jreast.co.jp

【駅の目の前・福山城】冬の18きっぷ西日本遠征Ⅳ 播磨新宮→福山→三原

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 赤穂を出たらいよいよ岡山県広島県へ向けて西進します。

 岡山行きに乗車し岡山で乗り換えて福山へ。

 日生だかそのあたりで一気に人が乗ってきて、伊部・邑久などで車内は東京のラッシュ時並みの混雑に。

 さすが政令指定都市・岡山。需要は東京ほどではないとしてもかなり多いようです。

(2両編成はさすがに短すぎる感がするけど)

 

 前回の記事はこちら↓

ikeeki.hatenablog.com

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 せっかく岡山に来ましたが今回はスルー。

 岡山の後楽園や倉敷、吉備津神社など見たいものはたくさんありましたが、疲労のことを考え妥協しました。

 事実、この後来た糸崎行きも大混雑で福山までずっと立ちっぱなしでした…

 ここまで人が多いとは…正直舐めてました(-_-;)

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 どこかの駅から見えた工場。

 瀬戸内工業地帯は石油重化学工業が有名だったっけ…とか思いながらこれだけ写真に撮りました。

 工業地帯なんだというのは2日目に実感するのでここでは触れないでおきますね。

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 放心状態で立ち続けること1時間。福山に到着。

 福山駅は結構大きな町で新幹線のぞみも一部停車します。

 そして何より、駅の目の前(もはやホームからすぐ見える)に城跡があります。

 天守閣が駅からこんな近いとは衝撃的です。

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 こんな感じ。駅の出口を出てからほんの1、2分で城郭までたどり着きます。

 自分は全国の城跡は1割も行っていないとはいえ、

 町の中心駅からここまで近い所にあり、天守閣まであるお城なんてほとんどないと思います。

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 現存する天守ではありませんが、素晴らしい天守でした。

 福山城は、1619年(元和5年)に譜代大名水野勝成徳川幕府によって備後10万石の領主に封じられた後、1622年(同8年)に完成した城です。

 「江戸時代建築最後の最も完成された名城」としてたたえられたそうです。

 歴代の藩主は、水野家5代、松平家1代、阿部家10代と続き、廃藩置県に至るまで福山城が藩治の中心でした。

 しかし1873年明治6年)に廃城となって多くの城の建物が取り壊され、更に1945年(昭和20年)8月の空襲により国宝に指定されていた天守閣と御湯殿も焼失してしまいました。

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 しかし、この伏見櫓は戦災をくぐり抜けました。
 このやぐら、3階3層なのですが水野勝成福山城を移築するにあたって、徳川2代将軍・秀忠が京都の伏見城の二の丸から移設してきたそうです。

 姫路城ほどではないとはいえ、白壁3層構造の豪華な姿から安土桃山時代の気風をただよわせます。

 ちなみに、本丸の正面の筋鉄御門も伏見城から移築され、この門も千歳の被害から逃れたそうです。

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 さらに、月見櫓や油殿という城の建物を、講演会やお花見などで貸し出しているそうです。

 駅に近いだけでなく、地域に根付いた城という雰囲気でした。
 少し途中下車して軽く見る程度でも楽しそうなのでお勧めです。

www.city.fukuyama.hiroshima.jp

***


 駅の目の前にある城というのもなかなか珍しかったです。

 駅のホームから見るだけでなく、乗換や待ち合わせの待機時間や、ずっと乗りっぱなしの18きっぷ旅での途中下車などで気分転換として重宝しそうですね。

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 そして福山の駅先もなかなかいい雰囲気でした。

 城の景色がよく見れないのが残念?

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 このあと115系に乗り換えつつ三原に到着。

 三原駅といえば三原城跡が目の前どころか駅の敷地内にありますが、翌日に備えスルー、早めに睡眠をとりましたとさ。

 

 さて次回は2日目、海軍のまちの呉、原爆投下された広島の観光の記録です。重い内容になってしまうかもしれませんが、どうぞお楽しみに。 

 閲覧ありがとうございました。

【磯の香り漂う赤穂市へ】冬の18きっぷ西日本遠征Ⅲ 播磨新宮→播州赤穂

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 新宮宮内遺跡を見た後は、姫路にUターンして播州赤穂へ。

 山陽本線経由でそのまま岡山に向かってもいいのですが、接続が悪かったので赤穂線に乗車してみることにしました。

 前回の記事はこちら↓

ikeeki.hatenablog.com

 

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 赤穂城は駅からやや近い所にあります。

 

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 赤穂の城下町は、江戸時代のころにようやく海が陸地になったという場所のため、生活用水を得るために井戸を掘っても出てくるのは海水ばかり。そのため上水がないと真水を得ることはできませんでした。

 そこで目を付けたのが町のすぐそばに流れる千種川赤穂城から見て東に流れています。
 千種川を約7km遡ったところで川から水路を引き、開渠という蓋がない溝によって城下町まで導水しました。この水路は、農業用水と明確に区別され、牛や馬を通らせて汚すことのないようにというお触れまで出されました。


 そして、城下町の北端のところまで来ると、「百々呂屋裏大枡(ももろやうらおおます・もんもんじゃうらおおます)」という2間(4m)四方の石組枡を通し、ちょっとした「ろ過」がされた後、城下町へ暗渠という、今度は蓋のある溝に流されました。
 そしてこの上水道は、侍屋敷から町家にいたるまで、1戸ずつに給水されました(各戸給水)。井戸が使えないとはいえ一軒一軒に給水するとは驚きです。

 そんな赤穂の上水道は、江戸の神田上水、広島の福山上水とともに「日本三大上水」とよばれ、しかも赤穂のは今でも残されています。
 

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 赤穂城に向かう場合お城通り(バスもこっちを通ります)を通るのが最も近いですが、

 お成り道というかつて殿様が通った道もあります。

 その沿道にはたくさんの寺があり、ここは花岳寺。

 浅野家の菩提寺(先祖代々のお墓がある寺)で、当時の義士のお墓もあるそうです。

 宝物館などもあるそうですが、境内しか見れませんでした…

 

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 赤穂城に到着。

 駅から歩いて20分ほどで、海の近くなので磯の香りがします。

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 そんな赤穂城ですが、残念ながら二の丸庭園は時間がなくて入れず、赤穂市の民俗資料館や歴史博物館も水曜日で休みでした。

 まさに行っただけ、という場所でした。

 ということで正直お城の詳細や赤穂事件というのもよくわからず。

 赤穂は水曜日以外にまたじっくりと行きたいですね。

 また再訪すると思うので城の紹介は少なめにしときますね。

 

 時間もなく、あまり楽しむことができなかったのは時間のかかる鈍行旅においては仕方ないところですが、

 また行きたいと思うのも事実。

 浅く広くといった感じにいろいろと訪れていきたいですね。

 

 参考

 あこうぶらりマップ(駅で配布されていたパンフレット)

www.ako-hyg.ed.jp

last-cleaning.com

kagakuji.jimdo.com

【駅チカ弥生時代の史跡】冬の18きっぷ西日本遠征記 姫路→播磨新宮

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 姫路城を訪れた後は弥生時代の遺跡に行ってみました。

 前回の記事はこちら↓
ikeeki.hatenablog.com

 

 姫路駅から姫新線というローカル線に乗車。

 姫路から津山、中国勝山を経由して新見まで。長さは158.1kmと長大なローカル線。

 とはいえ、姫路市たつの市佐用町、美作市津山市真庭市新見市といったそれなりに大きい地域も通るため、利用客はそれなりに多いそうです。

 実際朝の播磨新宮行きはかなり混雑していましたし、沿線や駅のすぐそばに高校もあり学生の定期利用もあるだろうと見受けられました。

  もちろん、ローカル線の経営はさらに厳しくなっているので油断は禁物です。

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 姫路から30分ほどで播磨新宮に到着。

 新宮町の玄関口で、日中でも30分に1本は姫路から播磨新宮まで運転されています。

 なかなか綺麗で立派な駅舎でした。

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 この辺りは「揖保乃糸」というそうめんが有名で工場があり、煙が黙々と出ていました。

 1つ隣の東觜崎駅からほど近い所にそうめん資料館とか素麺神社、そうめんレストランなどがあり、行ってみたかったのですが、今回はパス。

 播磨新宮の駅にほど近い遺跡に行ってみようと思います。

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 歩くことわずか5分。

 「新宮宮内遺跡 弥生の森」とありました。

 遺跡公園となっているので誰でも気軽に行くことができます。

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 新宮宮内遺跡とは、縄文時代から平安時代の大規模な集落遺跡です。

 揖保川中流沖積平野に位置していて、弥生時代中期に最盛期を迎えました。

 約2000年前の人々の暮らしを伝える西播磨の貴重な遺跡として1982年(昭和57年)に国の史跡に指定されました。

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 一番の目玉は高さ6m直径10mの復元された竪穴住居でしょう。

 地域のボランティアの方が地域史を子供たちに伝えるという願いを込めて作ったそうです。
 屋根にひかれた茅(かや)の確保などに手間取ったそうですが、こういうのをなかなか見ない人にとっては大変素晴らしいものでした。

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 揖保乃糸の工場に引けを取らない存在感でした。

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 何この四角い囲い、と思われる方もいるでしょうが、

 弥生時代は小さなクニがたくさんできて、食糧巡りなどで戦争が起こりました。
 ここは、この集団の最前線で戦った戦士の土壙墓(どこうぼ・墓穴を掘り直接遺体を埋めた墓のこと。この近くにもたくさんの共同墓地?の土壙墓群がある)とされています。
 石鏃といわれるサヌカイト製の石の矢じりを19本も刺されるという壮絶な最期を遂げましたが、仲間によって丁重に埋葬されたと推測されているそうです。

 戦死者の墓のほかにも石剣や石鏃が大量に出土し、多くの戦争があったことがうかがえます。

 このような犠牲のもとで集落やクニは続いてきたのですね…

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 ということで手前にいわゆる濠があり、

 土壙墓のはずれ(写真では真ん中あたり)に凹っとした丸いものは円形周溝墓というお墓がありました。

 姫路城とは似つかないですが、ある意味似た雰囲気があるようなないような…

 そう考えると日本のお城というのは、かなり完成された、国を守るための軍事施設だったんですね。

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 案内板までご丁寧にありました。

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写真は https://style.nikkei.com/article-image?ad=DSXBZO4120597009052012I00001&ng=DGXNASHC07021_Z00C12A5000000


 この遺跡の特徴はこの「分銅形土製品」ではないでしょうか。

 用途不明で祭祀に使われると思われる土器が県では最も多く出土されました。

 この土器、岡山県でも多く出土していることから、吉備国播磨国が強いつながりにあったと推測されるそうです。

 

 それと、近くに「たつの市埋蔵文化財センター」という出土された土器が無料で見学できる博物館があります。

 写真は撮影していませんので、ぜひこちらも行ってみてください。

www.city.tatsuno.lg.jp

***

 1時間程度しかいませんでしたが、なかなか楽しめました。列車の乗換時間にふらっと楽しむ程度でもよさそうですね。

 姫新線沿線には竜野城や東觜崎の素麺資料館など色々楽しめそうなので、また行ってみたいです。

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 おまけで、播磨新宮~東觜崎間の車窓で見えた觜崎の屏風岩。

 安山岩の岩脈が山頂に向かって伸びて、屏風を立てているように見えることから名づけられました。

 はげ山かと思っていましたが、岩だったとは驚きでした。

 

 次回は赤穂城を紹介します。

 

参考

・新宮宮内遺跡 パンフレット

たつの市文化財散策マップ

https://style.nikkei.com/article/DGXNASHC07021_Z00C12A5000000?channel=DF280120166609

style.nikkei.com

 

【美しさと強さを兼ねる姫路城へ】冬の18きっぷ西日本遠征記 東京→姫路

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 2018年の年末の冬休み、広島へ青春18きっぷで旅に出ていました。

 乗り鉄はもちろんですが、お城巡りや世界遺産散策、比較的マイナーな史跡の観光や戦争遺構や博物館の見学など、様々なことを楽しみ、学び、経験した4日間でした。

 初日はサンライズ号で姫路へ行き、姫路から18きっぷを使用して姫新線の播磨新宮・赤穂線を経由し播州赤穂・福山を経由して三原まで行きました。

 今回は姫路城の観光の記録をご紹介します。かなり長いシリーズとなるのでぜひお楽しみください。

 

【第0.5~1日】

 2018/12/25 東京2221 (車中泊

 12/26 姫路720-908 播磨新宮939-1032 姫路1102-1135 播州赤穂1207-1337 岡山1501-09 福山1610-(暫定ダイヤのため以下省略)三原

 

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 2018年の大学が無事終わり、つかの間の冬休みに。そこでクリスマスに一人で旅をすることに(笑)

 年末だからいろいろ頑張ってきた一年のご褒美として旅を盛り上げようと贅沢にも(臨時の)寝台特急サンライズエクスプレスに乗車。しかもなぜか姫路まで(笑)

 興奮して撮影しまくりましたが、面倒なので写真は少なめにしときます。

 

 で、乗った感想はというと…全く寝れなかったです。

 普段と違う環境だとか、興奮していたというのもありますが、1階席ではシングルでも振動が気になりました。ビジネスホテルのシングルの宿泊に慣れていると、どうも熟睡はできず。ムーンライトほどではなかったですがかなりきつかったです…

 ノビノビだったらともかく、これなら自分は夜に新幹線で出発し、前泊していったほうがいいかなと思いました。

 といっても駅に泊まったら「ここどこ?」って気になっていちいちカーテンを開けて確認しちゃったから当然なんですが←

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 ほぼ定刻で姫路に到着。結局2時間くらいしか寝てなかったような…

 ぼーっとした状態で姫路駅で降ります。

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 駅のお城口にある展望台から撮影。関西圏の7時半で通勤ラッシュのころでしたが、東京の混雑に慣れてるとどうってことなかったです。やっぱり東京の人の多さには閉口する…

 ちなみにJRの新快速は、日中は神戸までの55㎞を40分、大阪までの90㎞を1時間でかっ飛ばすという恐ろしいスピードです。さすがJR西日本

 ちなみに姫路~大阪の87.9㎞という距離は、東京駅から大月、小田原、上総一ノ宮、小金井、本庄、石岡までの距離にほぼ匹敵します。特急列車でも1時間超える区間もざらにあるので、なんだか距離感が狂ってしまいそうですね。

 実際、帰りに新快速に乗るのですがその速さに恐怖すら覚えたくらいです。文明ってすごいですね。単にチキンなだけじゃん

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 駅前北口の大通りは御覧の通りまっすぐで広い歩道も整備されていて、お城まで迷わずに行くことができます。

 といっても、駅からお城の入口までだけで大体直線で1.5㎞ほどあるので意外と近いようで20分くらい歩きます。

 それだけ姫路城が大きく、目立つということでもあります。

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 平日の早朝ということでそれらしき観光客はいませんでした。

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 軽く散策する程度のつもりでしたが、あまりの大きさと美しさに圧倒。
 さすが世界遺産だけあって、大変美しいものでした。


***
 では、軽く姫路城のことについて記してみようと思います。

 

 かつてはここは「姫山」とよばれ(播磨国風土記に記載されている)、1333年(鎌倉幕府が滅亡し、建武の新政が行われた年ですね)に赤松氏が砦を建てたといわれます。

 赤松氏といえば、赤松満祐が室町幕府の将軍・足利義則を殺害した嘉吉の変が有名ですが、どうやら播磨・備前・美作の守護だったそうです。

 その後、嘉吉の変や応仁の乱を経て、秀吉の中国攻略のため城を秀吉に献上。秀吉の居城となりました。

 秀吉は3層にもなる天守閣を築き、関ケ原の戦いの後に池田輝政が姫路城主になり、大改築。1609年(慶長14年)に今の大天守が建築されました。

 西国統治の重要拠点として戦乱の落ち着いた江戸時代以降は本多氏、松平氏、榊原氏らが城主となり、戦乱にあうことはなく今まで400年以上ずっと残ってきたそうです。

 

 ちなみに世界遺産に登録された理由というのがホームページにあったので引用しました。

 

・その美的完成度が我が国の木造建築の最高の位置にあり、世界的にも他に類のない優れたものであること。
・17世紀初頭の城郭建築の最盛期に、天守群を中心に、櫓、門、土塀等の建造物や石垣、堀などの土木建築物が良好に保存され、防御に工夫した日本独自の城郭の構造を最もよく示した城であること。 

http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/about/sekaiisan.html

 

 たしかに、自分の中で「お城」というと無骨なイメージでしたが、姫路城は優雅で美しいというのが印象的でした。実際その美しさから「白鷺(シラサギ)城」とも呼ばれているそうです。

 

 そして、姫路城の特徴は美しさだけでなく、大きさ。

 見ていただけるとわかる通り堀と石垣が大きくグルっと囲まれています。なんと3重に濠を巡らし、らせん状の縄張りにしています。

 さらに、白漆喰総塗籠造りで、5層7階建ての大天守のほかに3つも小さな天守が渡櫓としてつながっています。(大天守が小天守とつながっている様式を連立式天守という)

 

 本丸・二の丸・三の丸を囲む内濠、中局輪(ぐるわ)といわれる武家町を囲む中濠、外局輪といわれる町人町を囲む外堀…

 内局輪までの面積は23万平方メートル、外局輪を含めると面積はなんと233万平方メートル。グーグルマップなどの俯瞰写真を見るとあまりの大きさに感嘆します。

 鉄砲狭間や石落しや、急なこう配なども当然あり、美しいながら敵が侵入しにくい作りにするこだわりっぷり。しかも、姫山の原生林にも囲まれています。
 桃山文化の象徴として美しさばかりクローズアップされますが、立派な軍事施設としても機能していたのです。

 ちなみに、こういう平野(ここでは播磨平野)の中の丘陵や尾根に作られた城のことを平山城といい、犬山城伏見城安土城などがこのタイプに含まれます。

***

 

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 こういう経緯を知ると、やはりまた訪れたくなってしまいました(笑)
 入場していないので、ぜひまた行ってみたいと思いました。

 

 日本史の資料集の桃山文化の特徴というページに「城郭建築では全国統一を示す雄大で豪壮な文化が特色である」という風に書かれていましたが納得しました。

 お城=戦いという自分の勝手なイメージが変わりましたね。本当に。

 正直私はこれを知ったうえでも松本城や熊本城のほうが好きなのですが、日本の名城として紹介するには姫路城が一番ふさわしいと思います。 

 市街地に近い中にここまで日本を代表する素晴らしいお城がある、というのはやはり世界に誇るべきだとより強く思いました。

 

 閲覧ありがとうございました。

 次回は播磨新宮と赤穂に行った記事を紹介します。

 

 参考

 ・新詳日本史(浜島書店)

 ・http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/about/history.html

www.city.himeji.lg.jp

リゾートみのり乗車記 2018/8/24 仙台~新庄

 

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 2018年8月24日。仙台駅。

 新幹線を降りて初めて乗車する路線に胸を躍らせる。 

  去年運行10周年を迎えたリゾートみのり(当日は新庄夏まつりが開催されたため「みのり新庄まつり号」として運行)だ。

 

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 普段仙石東北ラインの発着するホームに停車していた。

 金曜日だというのに夏休みだからか多くの人が撮影をしていた。

 そしてなんと(全く連絡を取っていなかった)高校の友人も撮影しにきていて、部活引退以来超絶久々に会うことになりましたw

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 さあ出発。

 政令指定都市の大都会仙台を発ち、3時間の旅へ。

 

 2018年8月24日 「みのり新庄まつり号」

 仙台913→鳴子温泉1101-23→新庄1226

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 車内は相当重厚感があり、紅葉の上質感、稲穂の実りの豊かさ、伊達政宗の力強さのイメージをそのままにしたつくりであった。

 と同時に足元のシートピッチはなんと普通車で1200㎜。新幹線は1040㎜なので、優等列車をもしのぐ広さである。

 普通列車のキハ110でもいいかなと思ったが、これでは全く比べ物にならないであろう。

 

 ちなみに、この列車には「みのりっ娘」というアテンダントが乗車していて、駅で使える割引券付きの乗車記念証明書をもらえる。

 また、先頭1号車にはイベントスペースやスタンプも置いてあり、広い運転室の窓を生かした工夫が施されていた。

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 小牛田までは東北本線を臨時列車ながらかっ飛ばす。

 あいにく、台風通過後の悪天候で松島はきれいに見えなかったが、代わりに乗客は少なくある程度写真を撮影することができたのは幸運といえよう。

 ちなみに、平日ということもあって小牛田や古川といった短距離のみの乗車をするビジネスマンと思われる人の姿も見られた。

 そして指定席券を購入して乗車していたのでそれだけ浸透しているということであろう。

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 新幹線も止まる大崎市の玄関口、古川に到着。

 新幹線への接続はよくないがここで降りる人も見られた。

 ここで10分停車。のんびり行きましょうということだろうか。

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 ところで、陸羽東線は「奥の細道湯けむりライン」といわれるとおり、松尾芭蕉伊達政宗のゆかりの名所や最上川に沿うように山の中を駆け抜ける。
 そして川湯温泉鳴子温泉中山平温泉赤倉温泉瀬見温泉など沿線には温泉が随所に存在する。
  これらの魅力を余すことなく楽しむ、というなかなか贅沢な列車だ。

 ただ正直、車体は国鉄車であるキハ40のため古さが目立つ。

 この古さがいいとはいえ、そろそろ新車や改造車が出てきてもおかしくはないような気もする。

 はたしてこのみのりはいつまで走るのだろう。

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 仙台を出てから約2時間。鳴子温泉に到着。

 東の横綱といわれるこの温泉(西は別府)は、なんと駅前に厳選かけ流しというかなり贅沢な足湯がある。

 下り列車は20分ほど停車するので足を温めることとした。

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 温泉とともに紅葉も有名であるということが記されていた。

 

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 鳴子といえばこけし、ということか鳴子温泉駅にはこんな工芸品が展示されていた。

 博物館がない代わりに駅が観光地の名産をアピールするという、地元に寄り添った駅なのかと実感した。

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 鳴子温泉をでると、鳴子峡を車窓から見ることができる。

 車掌さんが間もなく鳴子峡ですとアナウンスしてくれて、徐行運転するので見逃すことはないだろう。

 ただ、残念ながら台風が来ていたため濁流で濁ってしまっていた。

 これはまた来よう。

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 ここは瀬見温泉だったかな?

 このように温泉の湯気が列車のすぐそばまで来るところもある。

 沿線を途中下車しながら行くとより楽しめそうだ。

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 こうして仙台から3時間13分。終点新庄に到着。

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 夏の終わり、新庄まつりが駅の周りで熱気を帯びていた。

 自分も例にもれず、新庄まつりを少し見学することにした。

 ***

 リゾートみのり、今思えば楽しい列車でした。

 アテンダントのサービスはやや少ない印象だったため、少し物足りない感は出てしまいましたが、これも車窓を眺める時間を邪魔しないという意味ではよかったのでしょう。

 さすがに3時間越えは長すぎて退屈してしまいましたので、次回は鳴子温泉を観光しながら再訪したいです。

 

 次回は新庄まつりや山寺の観光記を紹介します。

 

 参考までに、【リゾートみのりのJR仙台支社公式リンク】

jr-sendai.com

【東大寺の瓦を作った史跡】万富東大寺瓦窯跡を散策

 皆様、あけましておめでとうございます。

 2019年もよろしくお願いします。

 

 さて、年明け早々新シリーズを始動します。

 題して、【マイナー観光地を巡る旅】。

 観光立国の日本にはたくさんの有名な観光地がありますね。この冬、私は山陽地方を訪れましたが、その中でも姫路城や厳島神社など世界遺産や日本が誇る超有名観光地がたくさんあります。そしてそのようなところには基本的に常に多くの人がいます。

 その一方で市の公式サイトには載っているけど、普段はあまり行こうと思わないような観光地も存在します。

 Googleマップなどでも口コミが相当少なく、行くのをためらってしまうようなところ、ありませんか?

 今回のシリーズではそのようなそこまで観光客がいないような観光地を巡ってみようという企画です。

 いやいやそこはマイナーじゃない!というお叱りを受けるかもしれませんが、

 少しでも興味を持っていただける方がいることを願って書きますので、よろしければ見ていただけると幸いです。(コメントは自由ですのでぜひ意見などありましたらお書きください)

 さて、前置きはこのあたりにして、以下から本編です。

 今回はJR万富駅(上郡~岡山)からほど近い、東大寺瓦窯跡の散策記です。

 

***

 岡山駅から普通列車で和気、相生方面へ約23分。

 山陽本線万富駅にやってきた。

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 万富駅というと徒歩圏内にビール会社のキリンの工場があるらしく、お酒好きの方が工場見学や試飲などをしているそうだが私は未成年。
 というかリニューアルのため休館中のようで工場はやっていないそうであった。

  しかし私が乗った電車は和気行き。相生へ向かうためには列車を乗り換えなければならない。その間の待ち時間に観光できそうなところはないかと検索。するとここがヒット。

 正直どこでもよかったっていう感じ丸出しで申し訳ありません…

  とにかく駅近なら行ってみようということで少し散策してみることに。

  ちなみにそのキリンビール工場のサイトはこちら。機会があったらまた行ってみたいところだ。

www.kirin.co.jp

***

 

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 5分ほど歩くと国道沿いに「東大寺瓦窯跡 ←」という案内看板が。

 そこを左に行くと細い道と案内看板があるので案内通りに進む。

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 おお、仰々しい看板や石碑があった…のだが、なんとそこは今はお墓になってしまって、観光地とは思えない雰囲気であった。
 とはいえ国指定史跡に変わりはなく、パンフレットも大きな案内板の隣のポストのような木の箱の中に入っていた。

 ちなみに駐車場はないので注意が必要だ。

 

 では、ここでもらってきたパンフレットの内容を要約してみよう。

 

 奈良時代(約1250年前)に創建された東大寺は、1180年の源平の戦い(以仁王平氏追討の令旨を発した年)で平重衡興福寺とともに焼き討ちをしたため、焼失してしまう。その翌年に俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)が60歳で東大寺の復興の責任者である勧進職に任命。そのとき大仏殿などの建物の再建に、周防国から木材が、備前国から瓦が製造されて東大寺に運ばれたのである。

 備前国では備前焼が有名であるように焼き物の生産が盛んであり、吉井川という瀬戸内海への水運もあったため材料や製品の運搬に適していたことから生産地に選ばれたのであろう。

 なお、この俊乗房重源は東大寺復興のみならず、東大寺の運営基盤を作りあげながら各地で仏教を布教し土木事業などの戦災復興にも貢献。東大寺の俊乗堂に「重源上人坐像」という秘仏となり安置されることとなった。

 この東大寺瓦窯跡は14基の瓦窯、管理棟と思われる礎石、工房や暗渠排水施設などが確認されており、瓦窯は長さ5mで幅1.5~2mと非常に大規模な瓦の製造場であり、造られた瓦は約30~40万枚。その瓦は大仏殿だけではなく回廊や門、鐘楼にも使用されたそうだ。
 

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 これがお目当ての軒丸瓦。中央には「大日如来」を表す梵字、その外側に「東大寺大仏殿」の文字が配置されている。

 とはいえこれは実物の3倍ほどの大きさのレプリカなので、実物を見たい方は東大寺に行ったほうがよいだろう。 

  とはいえ円の直径は約20㎝もあり、800年前にこんな立派なものが何十万個も作られたとは相当驚きだ。

 

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 すぐ隣にはその瓦窯跡。何もないこの広さが昔の窯の大きさを物語っていた。

 滞在時間は15分ほどだったが、ここだけなら十分すぎるだろう。

 ビール工場を見ながら駅に着き、相生行に乗車。

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 そして山陽本線の車窓から見えた吉井川。

 広く穏やかな川で中国山地から美作を通って瀬戸内海に流れ込んでいるそうだ。

 遺跡に行く前といった後ではこの川も何となく違って見える…かな。

 

***

 新シリーズ第一回。いかがでしたか。

 写真も文字もやや少ない気もしますが、東北の被災地旅の時に何度も言っている通り、こういうところはネットで見るだけではなく実際に行ってみないと何もわかりませんからね。是非自分の足で見に行ってみてください。

 そこを目的としては行かないようなところも、行ってみると興味深いものがあって意外と楽しめました。これが途中下車の旅の醍醐味でもありますね。

 今度は岡山県立博物館にも行ってみたいです。

 こういうマイナーなところにもいろいろ旅しているので、好評でしたら第二弾も行います。よろしければぜひご期待ください。

 

 

【参考文献】

新詳日本史 浜島書店 

 

【参考リンク】

www.todaiji.or.jp

拝島線50周年記念HM 40105Fの3か月の撮影記録

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 1968年、西武鉄道拝島線が小平~拝島間で全線開業しました。

 昔は戦前の軍需施設用の路線だったのが、今では住宅街を走る重要な支線となった拝島線

 そんな拝島線は2018年で全線開業して50年経ちました。

 2018年というと、ちょうど拝島線で拝島ライナーが運転開始した年。

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 その拝島ライナーに使われる40000系車両の一編成に記念ヘッドマーク(以下HM)が10月1日から3か月ほどつけられて運転されるようになりました。

 鉄オタで拝島線が地元の私にとっては撮りたい!と思う被写体になりました。

 そこで、自分が思う拝島線らしい場所を求めていろいろと撮影してきました。

【拝島】

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 カーブを曲がって、終着へ。

 7番線というホーム案内とイトーヨーカドーの看板にかろうじて助けられました。

 JRと絡めてみたかったですが、ホームの都合上かなわず。

 

 【西武立川

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 拝島線といえば、このように連なる鉄塔群。

 思ったより暗くなりましたが、絶対撮りたかった一枚です。

 

武蔵砂川

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 昭和記念公園が近いからか、かわいらしい四季のイラストが描かれています。

 ちなみに拝島方は春夏のイラストです。

 似た構造の東大和市の壁とは対照的でした。 

    比べてみたかったですが、これも叶いませんでした。

 

玉川上水

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 車両基地ばっかりですが(;^ω^)

 一時期40106Fがなぜか玉川上水で寝てたので、2編成の並びが見られました。

 ちなみに1枚目は12月2日、それ以降は10月に撮影しました。

 

東大和市

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 駅前には青梅橋という交差点があります。

 東大和市と名称変更する前は青梅橋という駅名でした。

 立川と上北台(東大和市役所がある)のちょうど分岐となる重要な交差点。

 運よく都バスがやってきて、こちらもお気に入りです。

 

【小川】

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 去りゆく光景。

 手前の線路を入れればよかったかなと後悔していますが、この小川らしい何となく古めかしい雰囲気が好みです。

 ただ小川駅、トイレくらいはきれいに改良してくれるとありがたいのですが…

 

【萩山】 

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 たくさんの線路。行く先を照らす。

 

 【小平】

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 拝島線の小平どまりの列車との並びは見れませんでしたが、代わりに運よく52席の至福と並びました。

 反対側にいたほうがよかったような…まあ贅沢言ってはいけません。

 

 とにかく、要所要所では撮影できたのはよかったと思います。

 

新宿線内】

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(東村山)

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(南入曽車両基地、敷地外)

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新井薬師前

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(沼袋)

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東大和市

 

 いずれなくなる大きな踏切。

 黄色い電車が見える車庫。

 新井薬師前のカーブに沼袋の新車どうしの離合。

 HMは写っていないですが、新型特急001系をドア越しに。

 大きく変わる西武をイメージに撮って見ました。

 

 50年前は赤電がバンバン走っていたそうです。

 西武鉄道から赤電や3ドア車はおろか、黄色も消えていき、ますます新しい色・顔になりつつあります。

 東村山駅は高架化されますし、新井薬師前沼袋駅も同様に、地下化されることが決まっています。

 

 振り返ってみるとあんな長く感じた大学受験期からもう一年。

 平成という年号もまもなく終わり、気づいたらあっという間にいろいろなものが変わってしまいました。

 来年はいったいどんな年になるのでしょうか。
***

 平成最後の夏、秋、そして年末もそろそろ終わりに近づいています。

 時代も、自分の身のまわりも、西武鉄道も、大きく変わった2018年。

 そのラストの記事が地元かつ自分の好きな拝島線40000系だとは、最後を飾るのにふさわしいのではないでしょうか。

 充実した2018年を無事締めくくることができたかと思います。

 来年も今までのように楽しく、でも全力で一日を過ごしていきたいものです。

 これからも何かしら発信していると思われるので、気が向いたときにでもブログやTwitterを見ていただけたら幸いです。

 最後に、皆様にはいろいろとご迷惑をかけたかもしれませんが、今年もありがとうございました。

 皆様にとって、来年もよい年になりますように。

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2018年を振り返る

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 2018年も残すところあとわずか。

 ”平成最後”といわれた2018年ですが、今年の私はというと、

 受験を終えて大学に入学し、東北被災地視察や全国各地の旅、さらにはボランティアなどなど、

 楽しいことや辛いこと、自分の考えを変えてくれるような一生の思い出にもなるようないろいろな経験をした1年でした。

 そこで、今までの記録や思い出を振り返るという意味でちょっと振り返ってみようと思います。

 鉄道のこと、旅のこと、その他いろいろと。どうぞお付き合いください。

 

【2月25日 国立大学前期入試終了】

【4月1日 某大学(文学部)入学】

 大学関係ではこんな感じですかね。

 図書館や研究室で今まで全く触れたことのない種の勉強したり、サークルに入ったり(一回も活動してないけどw)…

 最近では、社会人とは違って失敗をそこまで気にせずやりたいことをとことんできる、大学生という身分でいられることにありがたみを感じることになりました。

 

 やりたいことにこれからも挑戦して、追及していきたいです。

 

【3月10日 拝島ライナーデビュー】

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 もう9か月も経ったのか…という印象です。

 最初こそ多くの方に、大丈夫なの?といわれていたかと思いますが今は満席が続き、もうすっかり定着しましたね。

 次のダイヤ改正の時は増便したり、馬場の混雑を緩和するスジにするなどより良いダイヤとなっていくのでしょうか。楽しみです。

 

【3月24日 上信団臨

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 上信団臨に参加…したのはいいのですが、前述の大学後期試験の不合格発表直後で白状しますと話す気力もあまり出ませんでした。

 あ、一人でひっそり活動していましたが、大変楽しませていただきましたよ。

 久々に一日鉄道に揺られて大変楽しい思い出となりました。一方で初めて団臨に参加してみることで、このような鉄道の楽しみ方もあるのだなと思った次第でもあり。

 大変貴重な経験をさせていただきました。ありがとうございました。

 それなのに、あまりあいさつなどできず申し訳ありませんでした…

 

【3月26日~28日 東北卒業旅行】

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 くどいですが今年の思い出を振り返る際には絶対外せないこの一人旅。

 東北の美しさ、人の温かさ、それとともに今も共存する東日本大震災の爪痕。

 自然の恐ろしさと今も復興進まぬ現実をまざまざと見せつけられて、虚無感とともに自分には一体何ができるのだろうかと考えさせられました。

 おそらくこの問いを投げかけられていなかったら今の自分はいなかったでしょう。

 自分ひとりに出来ることなどたかが知れていますが、これからも探していきたいです。

 

【6月24日 三岐鉄道団臨

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 黄色い801系を求めて三岐鉄道へ。

 写真もばっちり決まり、普段は絶対下りないであろう桑名で観光したり、暑くも大変楽しかったです。皆様ありがとうございました。

 そして長野の大学に進学したため松本で一人暮らしをはじめた友人とともに撮影をしました。

 一人でいることが好きな性分ですが、友人といられるということは当たり前のようで大変幸せなものなのだなと改めて実感。

 薄い関係の「友達」よりも、これからもずっと付き合ってくれるような友人を作り、その関係を続けられることに感謝していきたいものです。

 これ以降はほぼ毎月会ってる気がしますが

 

【7月15日 黒部ダム観光】

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 夜行列車に乗って黒部へ。

 想像以上に大きなスケールに圧倒されました。

 時間は短くも楽しいひと時でした。

 

【8月某日 熊本ボランティア】

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 詳細は伏せますが、大学でたまたま応募していたのでほぼ衝動で応募・参加。

 ボランティアとして活動したけど、ごくわずかしか貢献できなかったです… 自分一人では本当にわずかな力にしかならないのかと痛感。

 東日本大震災の時しきりに流れていた、”絆”という言葉の意味を身をもって知ることとなりました。

 震度7が立て続けに2度起こるという前代未聞の大地震

 それでも、被災地の地元の方は明るく暮らしていて、自分のほうが勇気づけられてしまいました…

 また機会があったら是非観光を兼ねて行ってみたいです。

 

【8月14日 松代大本営観光】

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 松代といえば開国論者の知識人である佐久間象山のふるさとだったり、

 戦国大名の真田家の重要拠点である松代城跡がある城下町ですが、

 忘れてはいけないのが、そのすぐそばに太平洋戦争の遺構があるということ。

 第二次世界大戦末期に大本営や政府機関などをここに移すため掘削されたそうです。

 日本の未来のために命がけで戦った方がいることに敬意を示すべき、そしてこれからも先人の血を無駄にしないよう日本を守っていくべきではないでしょうか。

 

【9月18・19日 気仙沼線の旅】

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 夏休み最後の旅。

 Iターンで都市部から気仙沼に引っ越してきた方の思いや、陸前高田とは異なる被害状況ながらも、少しずつ活気が戻っているということを知りいろいろと感じることがありました。

 こんなに本気の人たちがいるのだ。絶対に復興する。そう確信しました。

 これからも訪れて応援していきたいと改めて誓った平成最後の夏の旅でした。

 

【11月6日 常磐線富岡駅への旅】

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 常磐線原発事故後、運転再開した富岡駅へ。

 事情あって急きょ日帰りになってしまい、駆け足での散策だったので何も見て回ることはできませんでした。

 それでもこうして行くことは、普段は遠い地のことなど気にも留めないで暮らしている私にとって、被災地の今を見るという意味ではきっと意義のあることでしょう。

 また浪江の方も含めて行ってみたいと思います。

 

***

 もっといろいろと書きたいところですが、ざっとこんなところでしょうか。

 それにしても、自分でもいろいろないい経験をしたなあとつくづく思います。

 こんないろいろなことができるのも大学生の特権でしょう。これからもこの権利をフルに使っていきたいと思います。

 

 はてさて、いったい来年はどんな年になるのでしょう。

 もちろん全く予想もつきませんが、一日一日を必死に生きていけばきっとあっという間に過ぎていくことでしょう。

 入学してから約一年たちましたが、まだまだやりたいことはたくさん残っています。

 来年も楽しんで生きていきたいと思います。

 

 年末の冬休みは、クリスマスごろから大みそかまで一人で旅に出る予定です。

 その記録はさすがに年内にかけないので、ちょっと早いですがまとめてみました。

 ちなみに、大みそかの前日か当日に、年内最後の記事を予約投稿で出す予定なので、そちらもぜひご覧ください。

【さよなら関電トロバス】 扇沢〜黒部ダム 夏の乗車記録

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 黒部ダム

 富山県の秘境ともいえるような場所に建設されたダム。

 電力不足だった日本の発電量を増やし、経済発展に貢献したダムとして非常に有名ですよね。

 そんな黒部ダムへ東京から行く場合は基本的に信濃大町か長野から扇沢駅までバス、

 扇沢駅から黒部ダム駅まで関電トンネルトロリーバスを乗り継いで行くまたは帰るのが一般的だったかと思われます。

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 トロリーバスとは簡単に言うと、トロリ―ポールという2本のポール(普通の電車では代わりにパンタグラフが用いられている)を通して、架線から電気を集めて走る電車のことです。

 レールはないけど特殊鉄道とされているそうです。

 とはいえ、架線や信号機はあるけれど、どうみてもバスにしかみえないし、

 一台一台ではなく何台も連なって走るというのもなかなか独特で面白い路線でした。

 

 そんな関電トロバスですが、今年11月30日に廃止となり、

 来春から電気バスでの運行になるそうです。

 この夏に扇沢経由で黒部ダムに行っていたのでその記録をご紹介します。

 

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 椅子や窓が普通の車両より高くてハイデッカー。さすが観光路線…と思いきや、 モーターを下に積んでいるから必然的に高くなっただけのようです。

 VVVFというモーター音をうならせるバスというのも鉄道ファンにとってはなかなか味わい深いです。

 ちなみに、そもそもトンネル続きなので景色はあまり楽しめません()

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 先述したとおり、信号機や交換設備もあります。

 単線ながら列車同士が途中ですれ違いするため今は停車していて、赤信号になっています。

 ”バスのような鉄道”とよく言われていますが、こういう意味では”BRTのような鉄道”といったほうがしっくりくる気がします。

 それにしても3連休の中日ということもあって9時前でこの大混雑はきつかった…

 この写真は辛うじて撮れましたが、混雑のためほとんど写真は撮れませんでした。 

 

 ~黒部ダム駅~

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 観光は後で紹介するとして、先に復路をご紹介。

 1時間ほどで退散、10時5分発だったので往路に比べたら少しはすいていましたが、それでも座席はすべて埋まる混雑。

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 復路の待ち時間にじっくりと見てみます。

 1000万人というと今の東京都民の数並み。

 通勤ラッシュの電車に乗ってる人の数よりも何百倍も多い労働力だなんて、予想もつきません。 

 

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 ここまで連なっていると迫力がありますね。

 さて、時間的には早いですが混雑してまた写真が撮れなかったら本末転倒なので出発。

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 トロリーポールが伸びているのがご覧いただけるでしょうか?

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 そして、黒部ダムと言ったら忘れてはいけないのがこの破砕帯。

 工事している最中に軟弱な地層にぶつかってしまい、この岩場から大量の冷たい地下水と土砂が流れ込みました。

 掘削作業は中止かと思われてしまいましたが、それでも、現場の作業員の方は諦めることなく工事続行。

 わずか80m程度の距離の工事に費やした期間は実に7か月。

 映画「黒部の太陽」(私は未視聴)でも大きく取り上げられた最大の難所だったといえましょう。

 そんな苦難の区間も、今ではあっという間に過ぎて行ってしまいます。

 そして、時代は変わり、架線を張ったトロバスは消えていくことに。

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 そんな大町トンネルを過ぎたらもう扇沢駅です。

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***

 引退へのはなむけ、と言っても一回しか行ってないですが、

 不思議でとても面白い路線で楽しかったです。

 特殊な鉄道であるトロバスが一つなくなるのは残念ですが、より新しく環境にやさしい技術を導入することは当然で仕方ないことでしょう。

 立山の方にはまだトロバスが残っているので

 そっちの方にもいつか行ってみたいものです。

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 トロバスはなくなるけれど、次の春にまた新たなアクセスとして親しまれますように。

 お疲れ様でした。

 

 当記事は関西電力さんの特設サイトを参考に書きました。

 ぜひこちらもご覧ください。

www.kepco.co.jp

 

*** 

 さて、お待たせしました。黒部ダムの観光記録です。

 駅に着いた後、ずっと階段を一段飛ばしで登って行ったら、見事一等賞で外に出られましたw

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 先ほど紹介した破砕帯の湧水。階段の途中にあります。

 少しだけ飲んでみましたが相当冷たい。

 こんな水が突然、毎秒660リットル押し寄せてきたんだから現場の方は相当な恐怖だったでしょう。

 ちなみに今は垂れ流しにしているわけではなく、「八サイダー」として販売しているそうです。

 

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 展望台から見た黒部ダム

 この堤防を挟んでこの差だから相当な落差です。

 ふもとは暑かったので快晴ながら少し清々しい天気でした。

 ただ、正直黒部ダムは写真で何度も見ているので

 3000m級の山々とはいえ7月中旬でもまだ雪が残っているということのほうが私にとっては驚きでした。

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 その一方で見つけた慰霊碑。

 7年もの工期、513億円の工費、そして171名の方が亡くなられたようで。

 工事に携わった方、殉職された方、そして今も秘境の黒部を守り続けている方のおかげで今の黒部ダム、今の日本があることを忘れてはいけません。

 

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 そして観光放水はというと、すさまじい水量。

 毎秒10トンもの水を放水しているそうです。

 霧状だから水の形(?)もいちいち変わるので、普通のダムとはスケールが違います。

 とにかく、大量の雪解け水があるから美しい景観がみられるのだろうなあと思ったところです。

 

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 ***

 以上。

 黒部ダム、大きすぎて圧倒されて、しかし時間があまりなかったので魅力を半分も感じられなかったかもしれません(苦笑)

 また今度立山も含めてじっくりと訪れたいものです。

【原発に近い現・終着駅】常磐線富岡駅を訪れる

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 11月6日、常磐線の現在終着駅の富岡駅へ行ってきました。

 皆様ご存知の通り、東日本大震災による福島第一原発の事故のため、第一原発付近の福島県沿岸の地域は帰宅困難区域となり、今でも国道や高速道路は自動車でしか移動できません。

 鉄道路線常磐線もその被害を受けて、本来は東京から仙台まで通じているはずなのですが、現在は富岡~浪江駅間は不通となり、代行バスはあるとはいえ鉄路では東京から富岡までしか行けません。

 とはいえ、帰宅困難区域にほど近い富岡町まで鉄道が通ったというのは当然喜ばしいこと。

 前々から行きたいと思っていた場所についに行く機会ができたので、わずかな時間でしたが散策してきました。

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 いわき15時19分発の富岡行に乗車。

 かつてというかほんの一年前の10月21日までは竜田駅までの運行でした。富岡駅には約6年半ぶりに電車が戻ってきたということになりますね。

 広野(のち竜田)~原ノ町と浜吉田~相馬間が不通だったころと比べると明らかに時は流れ、インフラも復旧しつつあります。

 以下、普通列車の中から撮影した車窓の記録をご紹介します。雨が降っていたので見づらいですがご了承ください。

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 常磐線は海の近くを通ります。末続などは高台にあるからか被害をまぬかれたそうですが、大きな地震が発生して、海沿いは津波の被害は大きかったので建物など相当被害を受けたようです。

 とはいえ、新築とみられる家が所々に建てられていたので人が全くいない町になったというわけではないとみられます。

 各駅で降りる方も見られたので需要は間違いなくあるでしょう。

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 広野町の復興公営住宅です。下北迫団地というそうで、昨年の10月に入居を開始したそうです。

 いくつかの家には車がありますし、近くの国道では車通りもあったので、当然とはいえある程度の住民の方はいらっしゃるようです。

 いわき以北では特に沿線の人口が減っている中出来た公営住宅。新しく完成したことによって活気を生み出したことでしょう。

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 富岡駅の近くにはたくさんの土嚢が積まれていました。

 単なる工事で出てきた土なのか、除染作業なのか。

 熊本や気仙沼でも見かけたので正直驚きはありませんでした…

 7年たった今も復興半ばだというのを改めて気づかされるとともに、ますます復興することを祈り、応援したくなる瞬間でもありました。人知れずに復興のため尽力している方々に敬意を表したいです。

 富岡町は夜ノ森など桜の名所なので、桜のマークや「がんばろう富岡町!」の文字がでかでかと掲げられていて、今も頑張っているとは思いますが、ますます「がんばれ」と思いました。

 こうなってくると訪れる以外にも何かしら貢献したいのですがね…

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 約40分程度で富岡に到着。富岡町の玄関口です。

 ちなみに富岡駅は福島第”二”原発の近くにあります。

 浪江行きの代行バスとの接続がないので空気輸送かと思いきや、意外と降りた方がいました。

 富岡町は比較的大きな町なので復興の拠点の一つだったそうです。実際震災前はすべての特急が止まっていたそうで。

 駅のホームが3番線まである、ということはのちのち特急や、ほぼ単線のいわきから仙台間に当駅終発着の列車が来る、と考えてもいいでしょうか。

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 見づらくて恐縮ですが、まだまだ工事続行中で全線復旧までは遠そうな感じでした。

 しばらくは2番線は未使用で、という可能性ももちろんありますが。

 それでも雨の中黙々と作業をする方々には頭が下がります。

 ちなみに駅の外でも駐車場建設工事をしている方もいました。

 復興するのはおそらくまだまだ先のこと、それでも人知れず復興に向けて尽力されている方がいるのも忘れてはいけないこと、

 くどいですが、ずっと胸に残さなければなりません。

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 放射線量を測る機械。

 放射線は危ない、福島は危ない、住めない、とかいう方がまだいらっしゃるかもしれませんが、

 富岡駅周辺では24時間外に出ている状態で1年間浴びても0.57(mSv/年)程度のようなので、人体には何ら影響はないです。

 もちろん誤差はあれど影響が出てくるのは1(mSv/年)を超えたらで、それを超えることはまずないでしょう。

 そもそも日常生活で放射線を全く浴びない場所など無いし、レントゲンだの飛行機の宇宙線だので一時的に高放射線は浴びることがあるので、今の段階で恐れすぎる必要は全くありません。

 ちなみに、茨城県東海村原子力科学研究所の展示館にも行っていたので、その記事もまたご紹介します。

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 駅の外にはさくらすてーしょんKINONEという売店食堂や、富岡ホテルというホテルがありました。

 三陸わかめそばをいただいたところ非常においしかったのでまた行きたいところ。

 三陸といえば今は牡蠣が旬ですよね。それも食べたいな。

 

【2019/2/13 追記】

執筆当時は知らなかったのですが、

富岡駅の近くには、東電が原発についての資料館を建設したり、津波から避難するよう呼びかけ続けて殉職された警察官が乗っていた壊れたパトカーが展示されているそう。

また行かないといけませんね。

 

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 代行バスもいつかはなくなり、途中で無残に切られた路線図もつながることでしょう。

 それも近いうちに。

 大野などの途中駅は通過となってしまうかもしれませんが、浪江や原ノ町、相馬といった福島県の北東の地域が仙台だけでなく、

 いわき・水戸・東京まで鉄路でつながると明らかにアクセス向上、少しだとしても住民の方が戻ってくるという方もいるのではないでしょうか。

 もちろんそんな簡単な話ではないとは思いますが、常磐線という長大路線の完全復旧は日本(東北)にとって確実に一つの大きな進歩といえるはず。

 常磐線が復興のシンボルとなるよう願います。

***

 富岡町のことは震災が起こるまで何も知らなかったので単なる被災地としか思っていなかったのですが、

 鉄道が開通することで明らかに町のアクセスが向上し、将来はまた活気づくだろうと思います。

 鉄道が町の復興に一役買うことを願っております。

 全線開通した際には東京仙台の乗りつぶしの旅の途中で、富岡ホテルに泊まってみたいなとひそかに思っております。

 

 ***

 

 ~以下、参考にしたリンク~
www.kangenkon.org

 

避難区域の変遷について-解説- - 福島県ホームページ

http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/cat01-more.html

(なぜかこれだけ埋め込みで出てこなかった…)

 

www.pref.fukushima.lg.jp

 

www.google.com

 

(5)6年ぶりの開通 復旧した常磐線 富岡駅へ【常磐線ぶらり途中下車の旅】《いわき駅→富岡駅→いわき駅》 - YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=q1Mse26qreI

※動画投稿者様のスーツさんの動画となります。もちろん異議申し立てなどございましたら削除いたします。

 

 閲覧ありがとうございました。

【東北の被災地に再訪】平成最後の夏休み 気仙沼線の旅

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 今更ではありますが、夏休み最終日の二日間で気仙沼に行ってきて記録を書いてみました。

 旅をしてから二か月経ちましたが、今でも色々なことを思い出して感じることができる、とても考えさせる旅でした。

 

 9/18 大宮742 仙台857-946 小牛田1029-40 柳津1121-(以下BRT)1136 南気仙沼1320-気仙沼1609 奇跡の一本松1635-陸前高田1757 気仙沼1827-45 陸前階上1908

 9/19 大谷海岸1143-志津川1328 陸前横山1348-1453 前谷地1536-(以下鉄道)1557 小牛田1612-18 仙台1705-1821 大宮1930

 

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 新幹線や普通列車を乗り継いで大宮から3時間半で柳津に到着。

 いや~遠かった…というかこれからが本番。

 バスの本数自体は増えて、列車との乗り換えも考慮されていますが、BRTという文字や隠された陸前横山の文字が何となく悲しげです。

 列車やBRTに乗っていた人の多くは地元のご老人や旅行中っぽい方で、柳津行き列車に乗っていた人は一桁台、柳津からBRTに乗車したのは確か片手で数えるほどでした。

 そうそう、車内で本読んでたら陸前豊里で降りるおばあさんに「良い旅を」と言っていただきました。この場を借りてありがとうございました…!

 ちなみに志津川あたりから乗客は自分ひとりという状況が続きましたが、本吉で大勢の高校生が乗ってきたのでとても気まずかったですw

 

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 南気仙沼で下車。街道沿いで車や人通りも多く、飲食店や販売店など建物も多くかなり栄えてるなあと思いました。

 後ほどその理由を知り衝撃を受けてしまいますが…

 ちなみに少し海沿いへ歩いたらこのありさまです。更地でいまだに復興のための工事をしていました。

 

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  リアスシャークミュージアムと氷の水族館に行ってきました。

 水族館といってもただ単に魚が氷漬けされてライトアップされているだけでしたw そして寒かった。。防寒着借りたとはいえマイナス20度ですからね。

 ここは日本で唯一のサメの博物館だそう。なかなか興味深かったです。

 サメの展示だけではなく、東日本大震災気仙沼の展示もありました。

 

 被災時の気仙沼の動画がシアターで流れていたので見てみましたが、感想としては胸が苦しくなるというか息が詰まるというか…

 百聞は一見に如かずなので伝わらないかもしれませんが、動画を見て私が思ったことは

 「町が消えた」

 だったんですよね。

 

 大津波警報が鳴り響き、建物や大きな船が津波で流され、逃げ遅れて家とともに津波に流される人たち、火災で海が燃えて(船から燃料が漏れてしまった)火の海となった港、でも何もできず呆然と立ち尽くす住民の人たち。被害情報も伝わらずいつまでも続く余震。

 こんなのはっきり言って絶望ですよ、きっと…

 

 それでも、諦めずに前を向き復興のため現実に立ち向かって少しずつ活気を取り戻していったといいます。

 「1000年に1度津波が来るならほかの999年頑張ればいい」

 詳しい言葉は失念しましたが、そう言った地元の漁師さんの言葉が展示室にありました。

 今でも辛くなったときはその言葉を思い出して頑張っています。

 改めて東北の復興を応援したいと思いました。

***

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 で、半年ぶりに奇跡の一本松へ。

 駆け足での訪問でしたが、驚いたのが何もなかった3月に比べて建物の土台が建設されていて砂浜を再生する工事が始まっていました。

 いままでは地盤を固めていただけかもしれませんが、少しずつ復興へ向けて整備と建設が進められていることがはっきりと見えました。

 実際に被災地に行って状況を見てほしい。

 震災のことを忘れないでほしい。

 復興まで見届けてほしい。

 熊本にボランティアに行った時も(写真があまりないのでブログでの紹介は省略しますが)、のちに気仙沼に住む地元の方とお話しした時も、皆さん口をそろえてこの言葉を言っていますが、今はその理由がわかる気がします。

 明らかに復興しているんですよね。でも、このことは記憶から抜けていき、風化していく。はっきり言って仕方ないことだとは思います。毎年3月11日にふとこんなことがあったよな、悲しい日だったな、と同情するほうが悲惨だと思います。

 実際、自分の目で現状を見ることで改めて震災のことを実感できるし、復興に向けて尽力している方を見ると、より被災地を応援しようという気持ちになります。

 

 何が起こったかを将来忘れさせないために、将来の世代の教訓のために。

 微力どころかお金や時間がある時しか行くことが出来ないですが、これからも実際に現地に行き続けたいと思います。

 

 宿はゲストハウス「架け橋」さん。

 まったくの偶然でしたが、地元の方の夕食会的な集まりがあり、地元の方たちといろいろと話をさせていただきました。

 安さだけで選びましたが、楽しいひと時でした。

 リンク→https://www.kakehashi0311.com/

 

***

 翌日、気仙沼を発つ前にまちあるき(別途2000円)で気仙沼を巡らせていただくことに。

 まちあるきといっても完全に車に乗せていってもらいましたし、基本的にスケジュールなども考慮してくれるそうです。

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 気仙沼から徒歩30分と比較的近くにある安波山。標高239mで、途中まで車で行けます。

 見づらくて恐縮ですが、写真の一番左(たぶん東)側が海で、仕事場の漁港があるので早い段階で復旧したそうです。実際に新しい雰囲気でした。

 そこから西に向かうと更地があり、工事中。

 さらに西には国道があり、不動の沢(と南気仙沼)駅。震災以前は南気仙沼の方が町の中心駅としての機能があったそうです。

 実際、国道沿いはわりと栄えていました。

 しかし中心部や国道沿いは津波でがれきに覆われたり浸水したり壊滅したため、建物のほとんどを新しくしたそうで。建物が綺麗で活気があるのは、かつてその周辺で津波の被害を受けたからでした。何とも皮肉な…

 で、右端というかさらに西が気仙沼駅。終着駅なのですが 中心市街地から外れていて山に近いので、あまり津波の被害がなかったそうで、周辺の建物は割と古い感じでした。

 実際、大船渡線一ノ関~気仙沼は被害が少なかったことが幸いして約1か月後の4月1日に復旧しています。

 この界隈だけでも見ていただいたように完全に復興したとは言い難い状況でした…

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 震災遺構となった向洋高校です。

 見るも無残ですよね。。正直奇跡の一本松のように何もない更地よりこういう破壊されたもののほうがよりリアルで(どっちもリアルだけど)津波の恐ろしさをより伝えている気がします。

 津波が引いたときに車がのっかったそう。建物の上に乗っかるほど大きく強い力の津波だったのでしょう。

 津波に飲まれた方はやはり助からなかったのだろうか… そんな考えたくないことを頭をよぎりました。

 ここでまちあるきが終了し、 大谷海岸に送っていただきました。

 この場を借りて本当にありがとうございました…!

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 大谷海岸駅前には道の駅があります。

 駅の遺構もここだけ無残に残っていて、やはり鉄道での復旧は絶たれてしまったのかと思いました。

 それにしても、いつも思いますがこんな穏やかな海が荒れ狂っただなんて、あの動画を見た今でも想像できません。

 

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 志津川で途中下車し、昼食。

 南三陸さんさん商店街という”本設”の商店街へ。

 仮設ではありません。全部は回っていませんが、木造の平屋が30棟ほどありました。

 地元の方も食事されていて活気がありました。

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 ちなみに裏側はこんな感じ。

 防災庁舎跡が今も残っていました。

 津波が近くまで迫るなか、高台への避難を住民に最後まで伝え続けた方もいるそうで。

 命を懸けて一人でも多くの人を救おうとしたその思いを無駄にしてはいけない。そう改めて思いました。

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 時間もだいぶ余ったので陸前横山で寄り道。

 駅からほど近い横山不動尊というところに行ってみました。

 ひっそりしたなか突然現れる立派な門や広い境内の散策、きつい奥の院への山道はなかなか東京で感じることはできないので楽しかったです。

 

 こうしてBRTや列車内で寝ながら東京へ。熊本の被災地でのボランティアに始まった大学一年目の夏休みは、東北の被災地への旅で幕を閉じました。

***

 自分が東北になぜここまで惹かれているのか不思議に思うことがあります。

 単純に復興を応援するからというより、行けば行くほど東北が好きになります。

 なぜ? 正直わかりません。多分皆さんに伝えることもできないでしょう。

 

 だから、皆さんにも実際に行って感じてほしい。

 

 東北の美しさや、人々の温かさを。

 一方で今も復興進まぬ現状と津波の恐ろしさを。

 そして、地元の方々の熱意と努力と底力を。

 

 自分に出来ることはとても限られているのかもしれないけれど、

 その中で少しでも出来ることを考えていきたいです。

 

 最後までの閲覧ありがとうございました。

 

※過去の記事も含めて、間違いなどの指摘などございましたらお手数ですが、コメントなどでどうぞご遠慮なくお申し付けください。

 

桜×武甲山×クラシック

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2018年10月29日に発表された西武の新型特急001系。

自分は未撮影なのでよくわかりませんが、どうやらレッドアローの名称は廃止されLaviewという名称になるそうです。

赤電のみならず自分の見慣れた黄色も消え、赤い矢の特急も消え、

いつかは銀と青・緑の車両ばかりが走るであろう新しい西武。

それでも沿線の景色の美しさは消えることはない。

新しい西武線により多くの人が来ることを願って。

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(2017/4/26 羊山公園

夏の終わりまで楽しんでました

こんにちは。お久しぶりです。ひさびさに更新しました。旅と遊びで忙しく、書く暇と気力が出ませんでした。

サークルには入ってないんですけどね(苦笑)


あと、お気付きの方もいるかとおもいますが、当ブログの名前を「旅先の思い出のーとぶっく」という名前に変えてみました。

これからは鉄道に限らず旅の思い出や感想、大学生活とか愚痴だの色々なことを書いていこうと思います。はい書きますよ。

ちなみに、今年の夏休みの旅の記録も書いていくつもりなのでぜひ見てやってくださいね。


長いようであっという間に終わった大学入学後初めての夏休み。平成最後の〇〇とか言われた年。

忘れられない大切な思い出や、逆に忘れたい悲しい思い出も出来て、大袈裟ながら将来について深く考えさせられたり。

今しかないっぽいですからねー、こんなに自由な時間があるのは。

遊んでるばかりではなく勉強もしないと…とは思ってますが。

それにしても、暑い暑い夏が終わり、急に涼しくなり、そして寒い冬が来て。

毎日何かに必死になってると一瞬で日々が過ぎて行ってしまいます。

季節の変わり目でいつのまにか、ということを感じてなぜか切なくなるのは僕だけでしょうか。

後悔ないように毎日過ごしていきたいものです。


今回の記事はブログ名変更のお知らせだけなので特に記載することはない(はず)ですが、

これからも自分の思ったことを適当に書いていきますのでよろしくお願いします。

最後に、旅先で見つけた、東日本大震災の爪痕が残る写真を。

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それでは今日はこの辺で。またお会いしましょう。

ムーンライト信州乗車記 7/15

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 いまや定期列車としてはなくなってしまった夜行快速列車ですが、今でも朝から山登りをする登山客向けの列車が走っています。

 ムーンライト信州81号白馬行き。

 中学生の夏休みに父と乗車したことがありますが、一人で乗るのは初。

 安く行ける青春18きっぷシーズンではないですが、いつまで走るかわからない、そして乗ってみたいと思っていたらキャンセルで指定席券が取れた!いうことで、3連休に乗ってきました。

 

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 八王子から乗車。

 ほとんど満席でしたが、青春18きっぷシーズンでないのもあって、鉄道ファンより一般の登山客のほうが多かった気がします(事実、前回見かけた夜通し宴会するようなグループや、明らかな鉄オタはいなかった)。

 ちなみに窓際に座りましたが、隣には登山をするという通路を挟んだご夫婦の方々と相席となりました。

 

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 この雰囲気だけで、懐かしい。

 写真撮影を快く許可していただいた隣の方、本当にありがとうございました。

 

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 富士見で6分停。

 降りた人はそれなりに多かったですが、

 一眼ではなくスマホで撮影する方や、タバコを吸うだけという方がほとんどで、自分が思っていた様相ではなかったので何となく拍子抜けでした。

 それにしても、深夜2時23分着の甲府で2~30人ほど降りたことが一番驚いたのですが、いったいなぜなのでしょうか?

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 塩尻では10分停。撮影しませんでしたが、行先表示には新宿行きと白馬行きが混在していました…

 ここはさすがにいろいろな人が降りて記念撮影していました。

 富士見もですが、E353とE257の特急の回送とのすれ違いがありました。

 こんな朝早くから列車を動かしているんだとあらためて感謝した次第です。

 

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 松本で大半の方が降りていき、

 列車はいよいよ大糸線へ。

 山を見ているといよいよ信州(長野に父の実家がある)にやってきたんだなと思っていつも興奮してしまいます。

 松本までと比べると相当な速さで景色が流れていきます。

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 白馬に到着。実に4年ぶりで楽しい旅でした。

 ただ、八王子から約5時間乗車しましたが、

 結果的に約1時間半しか寝ていません(爆)

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 八方尾根などのスキー場があるため、スキーバッグ用のスロープがありました。

 改札のあるホームに止まり、10分ほどで回送として発車していきました。

 多くの登山客が駅の待合室でバスを待っていたので、189系は静かに見送られていきました。

 それにしても4年前は2番線に止まっていた気がしましたが、記憶違いだったのでしょうか?

***

 減便、廃止に伴い、乗れる機会は減っていく夜行・寝台列車

 北斗星やあけぼのに乗ってみたかったなあと思っても、所詮は鉄道ファンの愚痴。

 狭い日本では、カプセルホテルのような安価な宿泊場所、航空機・新幹線の高速輸送、夜行バスなどの別の交通機関の価格・便利さには対抗できないのでしょう。

 しかし、この変わりゆく今を生きるわたしですが、時代の流れと理解しつつもあまりにも残念な思いです。

 もしかしたら、夜行列車は終章を迎えるかもしれませんが、

 機会があったら是非乗ってみたいです。

 

 次回は黒部ダムの記事か、6月の桑名の観光の記事を紹介します。